「天才」に勝つ努力による「亜天才」
自分はこの世にはあらゆる天才がいると思う。
生まれ持ってこの世に出てくる。
それはイケメン・美女などの容姿から何かの能力と様々だ。
だが、そうではない人は成功を収めていないのか?
そんなわけはない。
アインシュタインは「私は天才じゃない。ただ、人より長く一つのことと付き合っていただけだ。」といった。
村上春樹も「自分は天才じゃない。努力しただけだ。」
ダーウィンもエジソンも偉大な功績を収めたが、それは並々ならぬ努力によるものだ。
自分はもちろん天才などではない。
だが、この世に生まれた限り、努力をし続け「亜天才」になることを目標とすべきだ。
努力が必ず報われるとは限らない。
努力が報われた人の成功体験ばかり世に出回っていて精いっぱい頑張っても夢をかなえられなかった人はたくさんいるんじゃないか?
この考えは勘違いだ。
確かに天才は一定数いる。
が人間のもつもっとも偉大な能力は「成長する」ということだ。
何もできなかった状態からどんどん成長し、さまざまなことができるようになる。
成長はいつまでもできるから自分の可能性など無限にあるのだ。
だが、大人になるにつれて、他人の目を気にしたり、他人からの反応を気にし、自分の可能性を自らなくしていってしまう。
子供のころなら何にでもなれた。
あの頃はよかった。
でも、大人は違う。
いろんな責任がある。
これらは自分の目指しているものを自分にあきらめさせるためのいわば言い訳みたいなものだ。
もはや、大人にはおろか高校生や大学生でさえも夢を持っていない。
大人になってから医者になった人だっている。
芸人になろうと会社を辞めて成功させるまで頑張った人もいる。
夢をかなえるのは奇跡のように思えるかもしれないが、生まれたばかりの何もできない子供が二足歩行するのも、話せるようになるのも奇跡みたいなものじゃないか!
成長し続ければ自分の可能性は無限大なのだ。